2008.8.9日米、勝者なき逆転劇
何故、自動車の販売シェアーが逆転したのか?
8/3付日本経済新聞に「日米、勝者なき逆転劇」と題する記事が載っていた。石油暴騰により、自動車の売れ行きがバッタリと落ち込む中で、米国市場で新車販売シェアーが日本勢は米国勢を上回ったという記事です。
kabはかつて石油会社で働き、自動車のエンジンオイルの開発に従事したことがあったので、石油と自動車の動向にはいつも注目しています。
もともと自動車を開発し、「T型フォード」という量産車を作ったのはアメリカです。日本は全くの後進国でした。エンジンオイルの性能のランク(SA~SL、CA~CF)付けもアメリカのAPIが規準を決めています。それが、1974年~79年の石油ショック(原油価格が1バーレル数ドルから数十ドルに高騰)の後、燃費よりも馬力と大型化を重要視していた米国車の売れ行きは鈍くなりました。
対米輸出を開始した燃費の良い日本車の販売台数が急激に伸びました。「日本車たたき」が政治問題化しました。そのため日本は、1981年日本車の対米輸出自主規制、1982年ホンダ、米工場稼動等を実行し、さらに1ドル80円の超円高⇒プラザ合意となりました。
そして今、相変わらず燃費が悪いアメリカ車、ことにピックアップ車(大型の貨客兼用車)は全く売れ行き不振となりました。逆に日本車は順調に販売を伸ばし、ついに日米の自動車販売シェアーが逆転したのです。
省エネ・省資源・省力化を達成する企業のみが生き延びれるという時代、と思います。